『メソポタミアの王・神・世界観』
1997-01-21


前田徹 『メソポタミアの王・神・世界観』

 『歴史はスメールに始まる』といわれています。ところがシュメー
ルには過去を体系的に叙述した「歴史」は無いそうです。それに
代わるものとして、「シュメールの王名表(太古からの王朝の交代
と歴代の王を記しています)」があるということです。

 前田徹は『メソポタミアの王・神・世界観』の中で、王名表の内容
を吟味するに際し、従来の「年表としての歴史」理解を改め、「神
話としての歴史」を参考に考えて行きます。
 シュメールにおける神話的時間観念を特徴づける第一のものは
「遠き日」(永遠の昔)です。第二のものが「メ」です。
 「遠き日」は、原古の、創造の時を指し、現在に連続する時間で
はなく、次元を異にする神々の時間です。「メ」は、この世の秩序
が秩序としてある根源で、神的な法則、規則のことです。シュメー
ル人がこれを想定したことは、原古に定められた不変の状態、
完全な状態を思慕していたと考えられます。

 「年表としての歴史」を解説したスパイザーによれば、文明の
開始>大洪水>エタナの危機>キシュとウルクの対立>サル
ゴン・ナラムシンの時代の五段階で王権が確立して行きます。
 それに対して、「神話としての歴史」は、シュメール人の過去の
見方です。草創のときに神から完全な形で人間世界に下された
文明・文化と「今」との断絶をみます。そこに神の秩序を維持する
一環としての英雄的行為が、規範として求められます。神々の時
代と人間の歴史世界とには違いがあります。死の運命が待ち受
ける不完全な存在である人間が織り成す「歴史」という「時」は、
創造の「時」とは明らかに違っているのです。

 王たるものは、その英雄的行為で「遠き日」を再現させることを
意識しているのです。
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