2020-05-19
>病疫のの突然の退潮は思いがけないことではあったが、し
かし市民たちはそう慌てて喜ぼうとはしなかった。皆な考え
ることが一致しているのは過去の生活の便利さは一挙に回
復されないであろうし、ただ、問題の食料供給だけでも少し
は改善され得るだろうし、で、そんな風にして、最も切実な心
配事から解放されることになるだろう、と見ていた。しかしど
う考えてみても解放は今日明日のことではないと断言する
のであった。事実、ペストは今日明日には終息しなかったが、
しかし見たところ、妥当に考えて期待されたよりも、もっと早
く衰退して行くようであった。
>1月の一ヶ月間というもの、市民たちはまったく矛盾した動
き方を示した。
その時期に、また新たな脱走の企てが記録されている。こ
れらの時期に脱走した人々は自然な感情に遵ったのであ
る。ペストによって深刻な懐疑主義をしっかり植えつけられ
てしまい、どうしてもそれを振り捨てることができなくなって
いた。希望はもう彼らの心に取り付く余地がなかった。
ペストの時代が巡り終わった時にさえ、彼らは相変わらず
ペストの基準に従って暮らしていた。
またある人々の場合は、これに反して、この長い幽閉と消
沈の期間の挙げ句に、沸き起こった希望の風は一つの熱
望と焦燥に火を点じ、それが彼らからあらゆる自制を奪い
去ったのであった。自分たちは、最後の目標にこんなに近
くなってから、ひょっとすると死ぬかもしれない、最も愛する
人間にも再び会えず、この長い間の苦しみもついに報いら
れないかもしれない、と考えると、一種の発作的恐怖のよう
なものに、彼らは捕らえられるのであった。幾月もの間、暗
い頑強さをもって、幽囚と追放にもたゆまず、彼らは根気よ
く待ち続けて来たものであったのに、ちょっと希望の光が
見え初めただけで、それまでは恐怖や絶望も揺るがすこと
のできなかったものを破壊するに充分であった。彼らは
ペストの足取りに最後の時までついて行くことができず、
それを追い抜こうとして気違いのように突進したのである。
もっとも、同時にまた、楽観思想の自然発生的な兆候も
出現した。例えば、物価の顕著な下落が記録されたこと
などがそれである。また、以前に集団をなして生活してい
て、病疫のために分散を余儀なくされていた人々にも波
及した。市内の二つの修道院は復旧され始め、共同生
活も再開されうることとなった。軍人たちの場合も同様で
あった。
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